はねたのわたし弁天の社
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名所江戸百景 No.72はねたのわたし弁天の社

 羽田村は玉川の左岸、河口近くにあった漁師村であった。ここの漁師たちは、徳川家康が江戸城を築城することになった時、玉川の上流から筏で運んできた用材を江戸へ転送する仕事を手伝った。さらに大坂夏の陣には、家康のために必要な舟を調達して、その上水夫の役目も果たした。その勲功によって漁師たちは、北は大井の林浦から南は生麦浦までの海で、漁撈する特権を与えられていた。
 羽田村の南に、海へ突き出た要島という出洲があり、ここに玉川弁天社があった。ある時弘法大師が開創したという武州日原山から、霊光を発する一顆(いっか)の宝珠(ほうしゅ)が玉川を流れて来て、羽田辺りに止まっていた。これを怪しんだ土地の人が網を下ろして取り上げ、社を建てて祀ったのが弁財天の社だと言われている。
 羽田村から、玉川を一丁ばかり上流へ行った所に羽田の渡しがあり、川崎の大師河原まで通じていた。この絵は渡し舟の上から、弁天の社とその背後に広がる江戸湾を望んで描いたものである。渡し舟の櫓と、櫓に付けた綱と、渡し守のふんばった右足とが形づくる逆三角形の中に、森に囲まれた弁天社とその鳥居が描かれている。綱の右方に立っているのは、沖より入ってくる舟のために水案内をする常夜燈である。遠方の水平線上に横たわって見える陸地は三浦半島である。
 この絵の大胆な構図にヒントを得て、フランス印象派のロートレックは、ムーラン・ルージュ宣伝用のポスター〈ジェーン・アヴリル〉を製作したともいわれている。

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